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日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。

第78回動物園がつなぐもの

訪れた施設:日立市かみね動物園
 
☆以下の記事は、2024/3/24の取材を中心に、以前の見聞等も交えて構成しました。
 
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
 
今回ご紹介する動物:トラ、ライオン、ジャガー、ウミウ、ミヤコカナヘビ、ニホンカナヘビ、アルダブラゾウガメ、ビルマニシキヘビ、チンパンジー、ヒガシクロサイ
  

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ひさしぶりにしかし、なじみ深い日立市かみね動物園を訪れました。坂の上は、2022年7月にオープンしたネコ科猛獣たちの新動物舎「がおーこく」です。総工費は約10億3000万円ですが、そのうちの約1億円はクラウド・ファンディングで賄いました。こんなところに、かみね動物園を支えたいという想いの広がりを感じます。
 
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まずは、トラのさわ。トラは水に入るのを好みます。新施設では水中の様子も見られるようになっています。
さわのほかに、長野県茶臼山動物園から同園の猛獣舎のリニューアルに伴って、アムールトラ2個体の一時預かりも予定されています(※1)。
 
※1.詳しくはこちらをご覧ください。
「アムールトラ来園のお知らせ」
 
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続いてはライオン。現在、かみね動物園にはメスのバルミーと、その息子の「きぼう」、娘たち(きぼうの妹たち)のジュンとオーが飼育されており、相性などを考えた組み合わせで交替に展示されています。
 
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セルフ・メンテナンスに余念がない、きぼう。男は身だしなみというところでしょうか。
 
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ライオン舎は隣接する展望デッキからのビューも楽しめます。アフリカのサバンナの広がりを思い描いてみましょう。
 
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トラ・ライオンは旧来からの飼育種ですが、「がおーこく」新設にあたって、さらにジャガーが導入されました。これによって、この写真の通り、アジア(トラ)、アフリカ(ライオン)、北アメリカ大陸南部から南アメリカ(ジャガー)の各地域を代表する大型ネコ類がそろい踏みとなりました。それは地球の歴史のなかでのネコ科動物の分布と進化の展開を映し出しています。「がおーこく」の展示を通して、わたしたちはそのつながりを認識し、動物たちとわたしたちに、またひとつ新しい結びつきが生まれるのです。
 
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奥に見えるのがジャガー舎です。ジャガーは樹上活動を得意とするため、観覧路を横断する空中通路も設けられています。
 
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ともに2021年生まれのアステカ(黒色個体、オス)と小麦(メス)。アステカは神戸市立王子動物園生まれ、小麦は静岡市立日本平動物園生まれです。アステカの黒い体はジャガーではよく見られる個体変異で動物種としては同じジャガーなので、小麦との繁殖が期待されています(※2)。
 
※2.小麦とアステカの仔が黒色個体になる遺伝学的な確率は50%です。「がおーこく」にはさらに詳しい解説パネルが設けられています。
 
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動物園の展示はおおよそ1日あたり8時間程度なので、バックヤードのある動物種は生活の2/3をそこで過ごすことになります。また、ライオンで触れたような交替制の展示や、繁殖等での一時的な隔離など、あらゆるケースを勘案して、動物たちが安全で健やかに過ごせるバックヤードが整備されなければなりません。「がおーこく」では、そんなバックヤードのありさまも、ユーモアたっぷりに紹介されています(※3)。
 
※3.この解説パネルでも紹介されているように、ジャガーも泳ぐのが得意で野生ではワニや魚類なども獲物にするため、バックヤードにはプールがあり、展示場にも水場が設けられています。
 なお、ヒトが属する霊長類でもほとんどの種は決まった巣をつくらず、鳥類の巣も繁殖期に限られるのが普通であるなど、人間の住居はかなり特異なものです(人間のなかでも定住生活をしない民族もいます)。動物の飼育展示施設を「おうち」と称するのは、あくまでもたとえ話であり、ここでのような飼育的配慮との関連などで注意深く語られるべきでしょう。
 
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「がおーこく」を後に「はちゅウるい館」へ。日立にゆかりが深いウミウも飼育展示されている、この施設については、以前に詳しくご紹介しました(※4)。
実際に鳥類は「現生の恐竜」と捉えるべきで、その意味ではまぎれもない爬虫類なのですが(※5)。
 
※4.こちらの記事をご覧ください。
「はちゅウるい館に陽は暮れて」
 
※5.鳥類の起源と進化については、こちらの記事もご覧ください。
「鳥はとりわけて鳥である」
 
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鳥類を恐竜ひいては爬虫類と見なすのは、遺伝子レベルの検討を含めた系統進化の議論によります。詳論は控えますが、「はちゅウるい館」に掲げられたこちらのパネルでも、系統(共通祖先からのつながりあい)を考えればヘビは大きなまとまりとしてのトカゲ類の一部であることが示されています。
 
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そんなトカゲ類のひとつとしてのミヤコカナヘビ。沖縄県の宮古諸島に固有で、北海道・本州・四国・九州に広く分布するニホンカナヘビ、ひいては沖縄本島や奄美諸島に生息するアオカナヘビ(こちらも「はちゅウるい館」で飼育展示されています)や八重山諸島に固有のサキシマカナヘビなどの地域的にも見た目も近いように映るカナヘビ類とも異質で、系統的にはぽつんと孤立するように台湾などのカナヘビ類との近縁性が指摘されています。このようなユニークで謎に満ち、絶滅危惧種でもあるミヤコカナヘビは、環境省と日本動物園水族館協会の連携で生息地での保全とともに、生息地域外での飼育繁殖研究による保全の取り組みも進められています。かみね動物園は、全国のミヤコカナヘビの飼育展示園館7カ所(2024年5月現在)のひとつです。
 
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さらに、身近なトカゲたちへのまなざしも保たれています。こちらは来園者に対して、ニホンカナヘビ(写真、はちゅウるい館)およびヒガシニホントカゲ・ニホンヤモリの目撃情報を求めるアンケートです。情報を総合して園のSNSなどで公表されることが予定されていますが、来園者は「はちゅウるい館」を訪れて、ここまでにご紹介したカナヘビたちなどに出逢い、また、こうしてアンケートを記すことで、自ずからより親しく、新しい視角から、これらの動物たちに向き合うことを促されるでしょう。
 
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こちらも「はちゅウるい館」のアルダブラゾウガメ。何やら背中に貼り付けられています。
 
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これは大学との連携(動物園は「生きた動物がいる博物館」なので「博学連携」と呼ばれます)の一環としての行動研究です。かみね動物園は同じ県内の茨城大学をはじめとするさまざまな機関との連携に取り組んできた歴史を持ちます(茨城大学との正式の学術連携は2015年に始まりました)。
 
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こちらの2枚の写真は、かみね動物園が、園とほど近い日立市郷土博物館と連携(博博連携)して行っている「ズーハク」です(2015/3/27撮影)。互いのスタッフが出かけあい、ヘビをモチーフとした縄文土器の取っ手の解説を聴きながらビルマニシキヘビを観察したり、郷土博物館に展示されているクジャクの日本画の前で、動物園スタッフからクジャクの羽にまつわる解説を聴いたりといった試みが続けられています。地域へ文化・歴史へ、かみね動物園はつながりを広げています。縦割りの専門性の深まりは大切ですが、それらが互いに連携することで、わたしたち人間の全体と向き合う知の営みが可能となります。それは研究者ならぬわたしたち一般の立場の者にとってこそ、大切で有益なものではないでしょうか。
 
 そして、2020年からは前記の茨城大学とかみね動物園の連携関係を基に、千葉市動物公園を加えた三者で「ZOO SCIENCE HUB(ZSH)」と名づけられたプロジェクトが発足し、今年(2024年)3月には、これらの博学連携による成果をまとめた学術紀要「ZOO SCIENCE JOURNAL(ズー・サイエンス・ジャーナル)」も創刊されました(※6)。この記事でご紹介しているウミウやフラミンゴについてのDNA分析に基づいた研究などは、学術的意義だけでなく、動物園での飼育展示がどんなかたちで創られ継続されていくべきかについての示唆にも富んだものとなっています。
 
※6. ZSHについて、こちらをご覧ください。
また、「Zoo Science Journal Vol.1 2024」のPDFはこちらからダウンロードできます。
 
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飼育展示施設「チンパンジーの森」のタワーの上のゴウ(2011年生まれ)とリョウマ(2012年生まれ)の姉弟(2015/3/27撮影)。ゴウとリョウマについては、人工保育や群れ復帰の経緯を以前にご紹介しました(※7)。
 
※7.こちらの記事をご覧ください。
「離見の見、動物と人の距離」
なお、ゴウは2021年に、よこはま動物園ズーラシアに移動し(野生のチンパンジーもメスが成熟とともに群れを移籍します)、新しい環境にも馴染んで暮らしています(先日、逢いに行ってきました)。
 
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その後(2021/8/8)に生まれたチヨも人工保育になりました。しかし、園のスタッフによる群れ入りの試みが続けられ、ゴウ(生後501日)やリョウマ(生後362日)よりも時間はかかったものの(生後820日)、いまは群れの中で暮らしており、今後に向けて園の見守りが続けられています(※8)。
 
※8.チヨを含む3例のチンパンジーたちの人工保育と群れ入りについては、前述の「Zoo Science Journal Vol.1 2024」にレポートされています(下掲リンク)。また、「チンパンジーの森」の屋内にも、折々の写真とともに綴られたチヨの成長記録が掲示されています。
「人工保育となったチンパンジーの早期群れ復帰事例3例」
 
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「チンパンジーの森」の子どもたちやそれを受け入れ育む群れのメンバーたちの歴史は、生きた野生動物にその本来の暮らしを実現してもらうための動物園飼育のたゆまぬ営み(人間のはたらきかけ)を示していると言えるでしょう。それが園全体にもあてはまり、そのような営みの精度を高め、また人びとに伝えていくために、ズーハクやZSHをはじめとする、園の枠を越えたネットワークが展開されていることは、ここまでお話ししてきた通りです。
そんなお話の最後にヒガシクロサイをご紹介しましょう。
オスのメトロは1990年にアメリカで生まれ、かみね動物園での繁殖に貢献してきました(パートナーのマキは2019年に死亡しました)。いまはそんな時期も過ぎて、のんびりと暮らしています(※9)。
 
※9.ヒガシクロサイの繁殖については、こちらの記事をご覧ください。
「動物園のつくられ方」
 
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そしていま、メトロの展示場の隣のスペースで同居するのは、メトロの娘のサニー(2009年生まれ)と、サニーとの繁殖が期待されているオスのフー(2019年、愛媛県立とべ動物園生まれ)です。フーは2022 年 12 月に来園し、何度かの試験的な同居でも大きな闘争などはなかったので、いまは終日をサニーと一緒に過ごしています。動物たちは種ごとの特異性があり、また、それぞれの個体の相性もあります。それらを見極めつつ、動物たちにとっては少しでも自分での選択や自然な流れとなるように配慮しながら進められるのが動物園の飼育であり、その成果としての「動物たちの姿」こそが動物園の展示発信の本質にほかなりません。
このようなものであってみれば、動物園を訪れるわたしたちは、自分たちの思い入れだけで、たとえば不適切な擬人化をするようなことは避けなければなりませんが、そのような危うさを乗り越えて、わたしたちが動物園の発信を的確に理解し、その営みを支持・支援してこそ、動物園という存在は意義を持ち、持続可能なものとなるのです。
今回は、かみね動物園が展開している様々なつながりをご紹介しましたが、それらすべては、わたしたち自身がそこに加わり支えていくネットワークにほかなりません。
動物園でつながりましょう。
 
写真提供:森由民
 
日立市かみね動物園

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